天才と秀才【そして凡人との違い】

※この記事は「2020年10月5日」に更新しました。

今回は、天才と秀才について。

どんな世界でも天才と呼ばれる人や秀才と呼ばれる人がいます。

今までの歴史を振り返ると凡人では思いつかないようなアイデアで世界を動かしてきたような人もいます。

このような人たちから何を学べるか、そして凡人との違いは何か、解説していきます。

天才と秀才の違い

天才と秀才の違い

天才と秀才の違いは何でしょうか?

天才のイメージと言えば、名前の通り、天から授かったもので能力を発揮するといった感じです。

それに比べて、秀才は、努力をして開花させた能力といった感じでしょうか。

私も 30代後半になり、色々な人を見てきましたが、天才は感覚的で努力を努力と思わずにある分野に対して突出している人だと思います。

それに対して、秀才は、何でも器用にこなし、コツコツと努力を積み重ねて、論理的な思考を持っている人だと思います。

どちらも凄いことだと思うのですが、天才は感覚的なので、他人に理解してもらえないという弱点があります。

もちろん、例外はありますし、両方の性質を持っているのではないかと思うような人もいます。



凡人との違い

私のなかでの凡人は、共感性の高い人だと思っています。

ほとんどの人がそうだと思うのですが、認めてもらったり、理解してもらったりするのは嬉しいものです。

常識とか規則(ルール)に弱いイメージもあります。

例えば、会社である規則があったとして、凡人は規則の内容を理解して、従うイメージです。

それに対して、秀才はなぜこういう規則があるのか理解して、従うかどうか判断するイメージです。

区別する必要はない

私はどんな人でも天才にもなれば、凡人にもなりえると思っています。

赤ちゃんは金の卵のようなものです。

しかし、環境によっては、才能がつぶされてしまう可能性もあります。

天才、秀才、凡人というカテゴリーで分けましたが、本来区別する必要はないと思っています。

努力次第で凡人は秀才になることができますし、どんな人でも天才になれる可能性を秘めています。

極端な話、自分を変えたければ、環境を完全に変えてしまうのが一番わかりやすいのかもしれません。

特に大人になってから考え方を変えるというのは意外と難しかったりします。

最後に

いかがでしょうか。

今回は、天才と秀才、そして凡人の違いについて、解説しました。

私は凡人ですが、秀才を目指して、日々勉強しています。

仮に天才がいたとして、その天才の発想によって世の中が良くなるのであれば、秀才が右腕になって世の中に上手く広めることができれば素晴らしいことです。

天才というのは最初は共感されずに批判されたりするものだと思います。

私が学生の頃、先生に聞いた話で印象に残っているのが、ガリレオの話です。

17世紀まで天動説が主流だった、ヨーロッパで地動説を唱えた、ガリレオは完全に異端視されていました。

今となっては、地動説が事実であり、凡人の私たちにも理解されるようになりましたが、最終的にガリレオは宗教裁判で裁かれることになります。

「それでも地球は回っている」

この話がどこまで事実かはさておき、私の好きな言葉です。